離散家族の再会に対して体制の危機を感じる北朝鮮、どう対処すべきか

全世界の注目が集まる中、今月の20日、南北離散家族の再会が金剛山(グムガンサン)で行われました。

実は、私は、離散家族の再会の日が近づくにつれて、もしかすると、北朝鮮が脱北した女性従業員の問題を持ち出し、最後の最後に行事を断るのでは、と胸が締め付けられる思いでいましたが、幸い、離散家族の再会行事は予定通りに行われました。

今回の再会行事は、板門店(パンムンジョム)宣言の採択後、南と北が進行させた様々な交流のうち、最も意味のある交流であり、北朝鮮が今回の再会行事をいかなる政治的な問題とも結びつけず、人道主義的レベルで取り扱ったことは、肯定的に評価されるべきです。南と北は、今回の再会行事をきっかけに、今後も離散家族の再会を定例化し、その範囲を広げていかなければならないのです。

そのためには、第一に、人道主義的な問題を政治と分離させ、柔軟性を発揮する原則を守るべきです。

今、南北の離散家族の中から、毎年、高齢や病気が原因で亡くなる人たちが数千人に上っており、これからまた10年が経つと、1世代の高齢の離散家族たちは、私たちのそばからいなくなる可能性が高いのです。

21世紀に入ってからも南と北が政治体制や理念の対決の虜になり、高齢の離散家族たちが生前に家族の顔を一度も見ずに亡くなってしまうということはあってはならないことです。

今、北朝鮮は、離散家族の再会を通じて韓国の自由民主主義の価値観と体制の優越性が北朝鮮に染み込み、体制の維持に対して脅威となるのでは、と懸念しています。

したがって、韓国政府は、離散家族の再会を政府の政策成果を誇示することに利用せず、南北の交流について不安がっている北朝鮮が離散家族の再会方法と手続、場所と時間などが決定できるように配慮してあげることが必要です。

韓国とは異なり、北朝鮮当局が離散家族の再会を一度でも進行させることになると、北朝鮮当局に莫大な財政的負担がかかることになります。

北朝鮮は、離散家族の再会を体制宣伝の場とみなしているため、一ヵ月前から再会の対象者たちを平壌(ピョンヤン)に呼び、国家のお金で新しい服を着させ、韓国の家族用のプレゼントの用意はもちろんのこと、歯が抜けた高齢の人には入れ歯まで作ってあげてから再会の会場に行かせています。

韓国政府が国連の対北制裁に違反しない範囲内で離散家族の再会の度に北朝鮮に一定の財政的支援をし、北朝鮮の負担を減らしてあげれば、離散家族の再会行事を定例化させるのに役に立つはずです。

第二に、南と北は、離散家族の再会を持続的に進行できる仕組みを用意していくべきです。

金剛山にある面会所の規模を大きくするよりは、面会所を常時的に運営することにし、ソウルへ容易に行ける開城(ケソン)や板門店に離散家族の面会所を追加で設置して再会の回数を増やしていったほうがよいです。

そして、南と北の人たちが離散家族の生死と住所を確認できるシステムを構築し、離散家族たちの故郷訪問を北朝鮮の地域観光と連結させていくことによって北朝鮮にも一定の財政的利益を与えてあげるべきです。

第三に、離散家族の再会の幅を広げていくべきです。

今、数万人の拉致被害者の家族たちが家族の生死を知らずにいます。

韓国政府は、拉致被害者家族の再会や再結合問題に関心を向け、財政的支援をしてでも拉致被害者たちを韓国に連れ戻すために積極的な対策作りに乗り出さなければならないのです。

今、韓国には3万人の脱北者がいます。彼らの一部は、北朝鮮の体制を嫌ったからではなく、空腹のため韓国に来た人たちです。本来であれば、 北朝鮮当局が、飢えを我慢できずに韓国に来た脱北者たちを当然保護すべきです。

韓国に定着した多くの脱北者たちは、北朝鮮当局に対して嫌味を一言も言わず、黙々と自分の生計を立てており、彼らの心は、北に残しておいた家族たちに対する懐かしさでいっぱいです。南と北の人たちが真の意味で平和に暮らしていくためには、自由な往来と交流が先行されなければならず、そのためには、北朝鮮当局が北朝鮮の体制を非難せず韓国で静かに暮らしている脱北者たちだけでも自分の家族と再会できるようにし、雅量を示すべきです。

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